僕たちは次の世代にそして日本と世界のために何ができるだろうか?

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岡田武史|ecobeing

対象:子供・孫がいる人/自分の為すべき事が見つからない人 
読了:約6分(3219字) 
公開:2011-07/23 
更新:2014-01/02 全体的に書き直し 

皆さん、あけましておめでとうございます。去年はたくさんの方にご訪問いただきました。ありがとうございます<(_ _)>

正月くらいは何か気の利いたことでも書けないかと思い、去年感じたことを、過去記事を引っ張り出してきて、新たにまとめてみることにしました。

 

僕ら現代日本人には"果たすべき務め"があるかもしれない件

まずはチョイとばかり、次のWikipediaからの抜粋をお読み下さい。


上原良司

慶應義塾大学予科を経て、1942年慶應義塾大学経済学部入学。翌年歩兵第50連隊入隊。 1945年5月11日陸軍特別攻撃隊第56振武隊隊員として三式戦闘機「飛燕」に搭乗、沖縄県嘉手納の米国機動部隊に突入し戦死。

【出典】Wikipedia - 上原良司


いわゆる「特攻隊」で亡くなられた方です。享年わずか22歳。

次の引用は、その上原大尉の遺書からの抜粋です。昔の言葉なので、少し読みづらいですが、後のほうでつながる話なので、ちょっと頑張って読んでみて下さい。


愛する祖国日本をして、かつての大英帝国のごとき大帝国たらしめんとする私の野望はついに空しくなりました。

真に日本を愛する者をして立たしめたなら、日本は現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人、これが私の夢見た理想でした。

…(中略)…ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を 国民の方々にお願いするのみです。

こんな精神状態で征ったなら、もちろん死んでも何にもならないかも知れません。ゆえに最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です。

【出典】Wikipedia - 上原良司


僕はWikipediaで全文読んだのですが、若干22歳の若者が、日本が負けることも薄々悟っていて、特攻隊員として自分の命を捧げることは無意味なことかもしれないという歯痒さ、やるせなさを感じつつも、最終的には受け入れ、飛び立っていったように読めました。

この遺書を読んだとき、

「日本を想って亡くなっていった先人たちが理想とした日本人に、彼らの子孫である僕ら現代日本人は、近づいているのだろうか?」

「彼らの死が意味あるものになるか、無意味なものになるかどうかは、実は僕ら一人一人の行動に懸かっているのではないか?」


と思ったんです。


「世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人」とは?

上原大尉の遺書を読んで以来、「世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人とは何か?」とたびたび自問するようになりました。

そして今年の夏、息抜きにYouTubeを見ていたら、その答えの1つになりそうな動画に出逢ったんです。

元サッカー日本代表監督を務められた岡田武史監督を覚えておられますか?この記事のトップの画像の人がそうです。

僕はサッカーは全然詳しくないのですが、2012~2013年は、岡田監督は中国のあるサッカーチームの指揮を執っていました。監督が当時、中国でやることに決めたのは、"ある想い"があったからだそうです。

7分22秒の時間がある方は、次の岡田監督のインタビュー動画をご覧下さい。特に見ていただきたいのは、4:59からです。

【参考】日本テレビ「ニュースZERO」~ 岡田武史監督が語る - YouTube


「7分22秒もないぜよ!щ(゚Д゚щ)」という方は、そのインタビューの抜粋を。


(中国行きを決めたのは)僕も3人の子供がいて、その子供の時代に、争いの時代を残したくない。何か父親としてできることがないかなと思っていたんです。

僕ができることは今、日本人と中国人、そしてうち(中国で岡田監督が率いるチーム)には韓国の選手も2人いますが――韓国人、みんなが力を合わせて心を1つにして戦ってる姿を(子供たちに)見せることだと。もう、ただそれだけですね。

これからおそらく、中国を撤退していく企業が多くなるでしょう。企業は企業の論理で動くんでしょうから、これはしょうがないですけど、我々――僕はスポーツも文化だと思ってますから、文化というのはそういうのを乗り越えて、人と人の絆をつくれるもの。だからこういうときこそ、我々が頑張らなきゃいけないと思ってますね。

【参考】日本テレビ「ニュースZERO」~ 岡田武史監督が語る - YouTube


おそらく多くの日本人は、中国人や韓国人に対して、「できればあんまり関わりたくない人たち」というイメージ(マスコミによって作られたイメージ?)があるんじゃないかと思うんです。

なんか我が強いし、領土も踏み込んでくるし、毒入りギョウザ事件や期限切れの鶏肉事件……

ですが、そんな中国人や韓国人ともきちんと向き合って、良好な関係を築いていこうとしている岡田監督を動画で見たときに、「世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人」ってこういう人なんじゃないかと思ったんです。

上原大尉の野望だった「偉大な大帝国」の日本人とはちょっと違うかもしれないけれど、大尉と同じように日本を想って行動に移している岡田監督を、天国の大尉は誇りに感じておられるのではないかと。

監督のように、「次の世代のために、日本と世界のために、今の自分にできることは何か?」と自問し、行動する人になるということは、「世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人」につながり、それは結果的に、先の戦争で亡くなっていった先人たちの死を意味あるものにできるのではないか。そんな風に思うようになってきました。


今の自分に何ができるだろうか?


SURVIVE! 公用語を英語に|カップヌードル 日清

幸か不幸か、日本人は今、英語を使えるようにならないといけない状況が増えてきつつあり、しかしながら、TOEICやオンライン英会話などのお陰もあって、日本人の英語力は少しずつ高まってきているのではないかと推測しています。

いまだに男尊女卑が残っていて、自殺率も高く、先進国の中では労働生産性が低い部類に入るものの、勤勉で、キレイ好きで、和を尊ぶ日本人が英語(や他の言語)を身につけ、岡田監督のように、世界中の人たちと協力し合って問題解決に臨めば、世界はもうチョット住みやすくなるのではないかと。

「そのために、自分には何ができるだろうか?」と考えてきました。

僕には栄冠も成功も地位も名誉も学歴もお金もなく、小さい頃から英語を学んでる人たちに比べたら、英語力もたいしたことないですが、ふとしたことで始めたこのブログは、ありがたいことに毎日6000人くらいの方に訪問していただけるようになってきました<(_ _)>

つい3年前、30代半ばで、契約社員として勤めていた会社から契約を切られて、部屋の片隅で体育座りして、


「俺、このままどうなるんやろ?」


と絶望していたときの自分からは想像できないです。

新入社員が1年後にはほとんど辞めるようなプチブラック企業で契約社員をしていた時代に、「このままじゃヤバイ」と感じて英語の勉強を開始し、ビジネス書やハウツー本なども貪るように読みました。

上司に「使えない社員」認定されながらも、自分が信じることをやり、いろんなスキルを磨き、松下幸之助の「商売とは、お客さんの困ったを解決すること」を信じて試行錯誤してきたことが、今このブログにすべて生きているんですよね。

そんな自分に今できることは、「英語を学んでいる人が少しでも早く英語を身につけて日本と世界に貢献できるように、このブログで後押しすること」だと考え、忙殺で大掃除もできずに散らかった部屋の中で、無精ヒゲも伸ばしたままま、今日もブログ書いてます。


読者さんとやりとりしていると、「英語+"何か"の"何か"が見つからない」「自分にできる"何か"が見つからない」と言う方は多いです。僕も10~20代の頃はそうでした。いや、つい最近までそうだったかも。

ですが、焦らずに英語力を毎日コツコツ高めつつ、自分が興味のある分野の勉強もしつつ、「自分には何ができるだろうか?」「世の中は何を望んでいるだろうか?」と定期的に自問するようにすることで、少しずつ道は開けてきます。

What can I do for the next generation and the world?


ちなみに、「元日本代表監督、岡田武史が中国サッカー界で賞賛されるワケ」を読んでると、中国での岡田監督は、結果は出せなかったにもかかわらず、評価は高かったようです。カッコイイ(≧∀≦)

  
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